家 こんなこと

Category : 心に残るワンシーン

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2016.07.07[木] 富士山と にらめっこした日

急に休みが取れたから
旅行に行こう(^O^)/

と誘われた

昨年の秋以来 出不精となっていた私

少したまり気味だったストレス

幸い 行けないことはない日程

行く(^O^)/ とすぐに飛びついた

誘われるがままに 羽田に降り立ち
友達の車で行った先

ほしのや 富士
グランピング とかなんとか
アウトドアなお宿 とのこと

え~~~っ!!!

心の中で ちょっと 落ち込んだ

都会の喧騒に包まれている友にとっては
憩いの場かもしれないが

私の家は
すでに 毎日がアウトドアな場所にあるし

あんまり 行きたくないよ~
と 思いながらの 到着


到着時天候
曇り
ところが

全室から富士山が見えるという その部屋からの眺め

え~ ~ ~!!!

なんか ここで 俄然 火が点いた私

TERUNO どうしても 富士山が見たくなる

翌朝
翌朝
「ベランダで朝食」 
の準備をしてくれているところ
(この美味しさは またお伝えさせていただくとして)

富士山は・・・

・・・やっぱり見えない

しかし
午後になると
1おやおや
うわっ
なんか すそ野が見えてきた

このあたりから
ベランダに出て
読書 兼 富士山ウォッチング
ときどき ツムツム

雲の動きが気になる
oyaoya2.jpg

どんどん 向かって右手から左手に流れる
流れる
ああ あの雲が流れてきたら
てっぺんが見えるかも

もはや 読書はそっちのけ
あの雲が1

まだかな
このころには
少し船酔い気味

それでも 流れる雲と富士山から目が離せない


すると やがて
ちょっとだけ てっぺんが・・・
なんか上のほう

そして
ついに
ついに

雄大な富士山のお目見え

友達と
あ~たまを雲の 上に出ぁし~♪

と ついついフルコーラス歌ってしまいました

やっぱり 富士山は 素晴らしい


いつまでも

いつまでも いつまでも

と いつまでも いつまでも
富士山から 目が離せない 私たちでありました


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2016.04.05[火] 素敵なお葬式

先日
豊橋のおじが亡くなった

叔父の兄弟姉妹はもはやこの世に残るものは
数も少なく 足腰不自由

唯一残った姉二人のうち
下の姉となる80過ぎの叔母を
なんとか最後の別れに連れていこう

やさしい甥姪一同
私は その中の一人の嫁という立場

結局
私たち夫婦の段取りで
観光バスを貸し切ることになった

めったに集まることのない甥姪たち
車中は 
ときならぬ宴会?状態
コラ(-_-)/~~~ピシー!ピシー! 
不謹慎な甥たちめ

通夜に間に合うようにと
午前中に出発したにもかかわらず

不似合いな酒宴のせいで
一区画ごとに止まらねばならないトイレ休憩

予定では
通夜の前に
少し 遺族と話して
故人を偲ぶはずだったのに

ギリギリ間に合うか どうかという状態に
行く先々から電話で
間に合わないかも
と連絡しており
あちらもそう納得しているかと思っていたのだが

あと30分で始まる
という頃に電話をすると

「早く来てぇm(__)m
前のほうが全部空席になってるからぁ」

と 先ほどまでとは打って変った反応

すわっ

ならば と 一同一挙に着替えを始める

猛者な野郎たちがパンツ一丁になって
着替える着替える

私も こんなこともあろうかと
上から黒ジャケット羽織れば
喪服に早変わり

一同 変身を終え
斎場に滑り込んだときには
mono26[1]mono25[1]


なんと
200人をゆうに超える参列者

その中をすり抜けながら
前列の親族のいすに
滑り込みセーフ

75歳 と言えば
若いのか どうなのか

昨年末まで元気で普通に暮らしていた叔父
今年の初めに身体の不調を訴え
入院
手術
そして
先日帰らぬ人となった
mono133[1]


今年のお正月にとった家族写真
孫に囲まれ元気に微笑んでいる叔父


ただ 入院してからのおじの容体
術後の不安定さ
など
周囲の人たちには
ある程度
覚悟のできる3か月だった

終焉の時が近くなったとき
叔父の長女から
高知の親戚たちに
「時間の問題」
という ラインが届いた

叔父は
高知県で生まれ育ち
大阪の大学に入り
愛知県の電力会社に勤め
愛知でお嫁さんをめとった

高知の田舎から愛知に出て
可愛いお嫁さんとともに築いたあったか家族

そこまでは 私たちも認識済み

しかし
家族も予想外で おかえしの数をあわてて増やしたほどの
参列者の数の多さ
そして その若さ
みな若い

そして みな涙
趣味の剣道道場のお弟子さんたち

みんなが 目に涙を浮かべて
叔父の死を悼んでくれていた
w15[1]

よしおんちゃん
やるね(^O^)/

いい人生だったね
残された家族もみんな笑顔で見送れたし

素敵な良いお葬式だった

こんな風に 
世の中から去って行きたいね
と 夫婦ともども感動し

・・・
振り返れば
「どうや  すごいろう(^O^)/」
と 遺影のおじが 得意げに微笑んでいた

涙と笑顔の入り混じる
なんとも爽やかな 素敵なお別れの儀式に参加させてもらった


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2013.06.16[日] 空自のエリートではないでしょうか すでに彼女は

先週の木曜日から
岡山の友達が来高

彼女の次男が
防衛大学に入学した
と聞いたのは 昨年春


それはぜひとも
防大の先輩に合わせてあげねば

という想いが
半分やっと実現いたしました

*********
*********

防衛大学と言えば・・・
受験の時に
志望できるほどの頭の持ち主でもなく
好みでもなかった私にとって

防衛大と言って思い浮かぶのは
卒業式の時に
帽子を投げる卒業生の雄姿ぐらい

そんな 防大生への意識が
大きく変化したのは

こんな話を聞いてからのことでした



****************
彼女は今年で25歳だということなので
もう7年前のことになる

7年前のちょうど今頃
当時 
帯屋町のブティックのオーナーの奥様だった彼女の母Mさんから

こんな話を聞くこととなった

買い物を終え
出て行こうとしていた
帰りの店先での立ち話

**************

彼女は高知県内きっての進学校に通っており
成績は常に上位 
トップだったのかもしれないが
お母さんであるMさんからは
そこまではっきりとした
自慢はきけない 

そのお嬢さんが
その春 
防衛大学 に進学したということ

最初は 得意の
本当に 単なるミーハー根性で
聞きたい 知りたい

おそらく いつものように
矢継ぎ早に質問したのだと思う

普段だったら
店先で
それも 自分の子供の話を聞かれても
あれほど 
じっくりとした深い話にはならなかった
だろうと思う

しかし
おそらく
入校式を終えたばかりの
彼女の母 Mさんにとって
あまりの衝撃と悲しみと少なからぬ自責の想い


誰かに語りたかったのかもしれない
それは
長い立ち話となった

*****************

自分で言うのもなんですが
と謙虚な母は 始めました


彼女はその学校で
生徒会の役員(会長と言ったかしら)も務め
成績も優秀であったと
将来は国連で働きたいという夢を持ち
実は
東京外大にも合格していたのだ と

けれど
親の薦めとその他もろもろの事情で
防衛大学入学を決めたのだった と

その春
彼女は 長い髪を切り
大学の門をくぐったそうです
まずは
入寮

その数日後の
入校式
毎年100人ほどの生徒が
その数日の間
つまり入寮してから
入校式までの間に
防大を去っていくのだそうです


その入校式の日
彼女の髪は
さらに短くなり
生き抜かねばという決意を示したかのような
お洒落などという言葉とはほど遠い
そんな短髪へと変貌していたのだそうです

* * *
勝手に想像を膨らませていた私は
先日もう一度真相を聞くまで
ええい しゃらくせえ
と自分で自分の髪を切ったのだと
思いこんでおりました
* * *

その目が語るものは
深く 悲しく
しかし ある決意に満ちていたと
(ここは想像)


何も言わずに
学校に来るときに高知から着てきた
衣服の入った紙袋を
差し出し

振り返ることなく
門の中に入って行った
あの子の後ろ姿が
忘れられない

そう語った母の目には
大粒の涙が光っていました
さくらつぼみ


あのとき咲いていた桜の花が目に焼き付いて
そのあと
ずっと桜を見ることができなかった
と 母

それくらい強烈な
娘との別れだったのですね


そこからの
彼女の
壮絶な 防衛大学1年生の生活ぶり

シャワーなんて浴びている暇はない
ともかく走っている 
常に
常に
息つく暇など 無し

驚くと同時に

この甘っちょろい大学生渦巻く
日本という国に
そんな貴重な体験をしている
若者たちがいるのだ
と ある種の感動を覚えました

外国語大学に行かせず
防大行きを薦めたことに対する
自責の念

自由闊達で 
活き活きと高校生活を送っていた我が子の行く道

後悔と迷いの波に
打ちのめされそうな母を
励まさなければという気持ちと
その話から受けた
感動とから


「この日本という国に
そんな体験をしている若人がいるのですね
すばらしい
そんな彼らが この国をけん引してくれるんですね」


そんなことを繰り返していたように記憶しています

********************

私自身も
中学高校時代
やや自衛隊かぶれしたような
全寮制の学校におりましたので

もちろん
防大生のそれとは
比べようもないほどの
あまっちょろい寮生活ではありましたが

少々
共鳴することができるのです


親元を離れた
過酷な毎日

そんな共通点


案じた1年生の1年間を
クリアした彼女は

やがて
やっぱりの頭角を現し
学年で1名という
韓国留学への切符を手にします

エリートコースを
邁進していく彼女の話

甘えのない
潔いエピソードは
聞いていて とても気持ちがよく
清々しい

おそらく
簡単な道ではなかったはず

今や
あの 
娘を案じ 心揺らめいていたMさんが
彼女のことを話すときの
優しく 喜びに満ち
誇らしげな表情

母であるMさん自身も
この7年の間に
転換期を迎えることとなりました

娘さんのことだけでなく
ご自分も様々な葛藤を乗り越えて迎えた
今であるだけに

本当によかったですね

心から拍手を送りたい母と娘でいらっしゃいます


ぐんぐん伸びる芽の
成長が日々気になるように

彼女の近況も気になって
他人の娘さんながら
col15[1]col16[1]

合うたびに 彼女の近況を聞いておりました

そして 先日
彼女がこの春
結婚したとのめでたいお話し・・・・

*********
*********
とまあ
ともかく
岡山の友に合わせなくては
この素晴らしい母と娘を

君の息子
TOMOKIも
この後に続け!!!!!

お話は続きます(*^_^*)
to be continued

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2012.08.22[水] 誕生日

8月21日 朝
ユミミンからのメール

「フェイスブックを見るべし!」

慣れないスマホを駆使して
開いたページ
ずらずらずらっと

おめでとうのメッセージ

お誕生日プレゼントも
パーティーも
いただいたこと
していただいたこと 多々ございます・・・が

なんだか
とても感動いたしました
このメッセージたち
美しい花びら

実は
フェイスブックからお知らせが来ても
ユミミンの ご指摘通り
即座に開いて確認するという作業は 怠りがちで

特に・・・
出社せず パソコンを開かない日が続きますと
スマホでまめに確認 なんてこと
まったくいたしません
ので
お返事が 大変遅くなってしまいましたが

おめでとう を送ってくださった
みなみなさま
本当にありがとうございました


慣れないので返信の仕方が間違っているかもしれません

送っているのに コメントないよ
という方 ぜひともお知らせください


ちょっと夏バテ気味のTERUNOではありますが
みなさんのご期待に添うべく

これからの1年もまた
パワフルで頑張る自分でありたいと
思っておる次第でございます

ありがとうございます(*^_^*)

優しい思い


バースデープレゼントに 
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2012.06.20[水] 村木 厚子さんのお話 

彼女の話は まったく力説ではないのです

私の場合は 人に物を言う時に

「耳の穴かっぽじって ようく聞きやがれ」
まがいの 前置きをして力説することが多い 
つまり 話に力が入ることが日常・・
なのですが

彼女は違う
実に 
淡々とグラフを見せ
少々の説明をしたただけ
なのに・・・
私たちの心には しっかりと残った

素晴らしい話術です

場内満員
そして
後半

それは 突然やって来たのだ と始まりました

マスコミが騒ぎ出す
部下(実際は直属の部下ではなかったのだそうです)の係長が
出した証明書 
それにハンコを押したのは
村木さんか はたまた その上の上司か

ものすごい騒ぎの割には
警察からも何も言ってこない
数週間が過ぎたある日

検察からの出頭命令
取り調べが始まったその日
いきなりの逮捕
以後 家族とも誰とも面会できなくなる

ある日突然

ある日突然の 恐ろしさも
彼女の淡々としたしゃべりから
ずっしりと重く伝わってくるのです

最初の検事からは
「僕の仕事は貴女の供述を変えることです」
と言われたのだそうです
怖すぎます

でも 彼女は とても
プラス思考

私を支えたものは
と いくつかあげられました
覚えていることだけ

一つ 好奇心
捕まったその日
どうしよう という思い80%
残りは またとないチャンス
拘置所ってどんなところか見てみようという好奇心

一つ 支え
家族からの200%の無実という確信
さらには 職場の仲間からの
寄せ書き
面談が出来るようになったころ
弁護士の先生が 持って来られて
例の 透明のガラスの壁にピタッとくっつけて
見せてくれたのだそうです
「がんばれ 信じているから」
ここのくだりでは ドラマを見ているかのように
ジーンときて 涙が出そうになりました

一つ プロの力
弁護士団

4度目の保釈請求が認められるまで
164泊165日の滞在だったと
これは 宇宙飛行士の野口さんの宇宙滞在期間と同じです

って 
これにも 場内大爆笑
(この距離からは エクスペリアではこのピンボケ写真で精いっぱい)
笑いの渦に


話がそれましたが
この弁護士団の力のすごさ の一つ

その保釈が認められた際
拘置所には例によってマスコミが大集合

そのマスコミをかきわけ
弁護士団のチャーターしたタクシーに乗った
村木さん
信号を3つ過ぎたころには
マスコミの追撃を完全にかわしていたのだそうです

すごい って
高級官僚である村木さんの目にも
(念のため 
村木さんはけして高級官僚には見えません
とても地位のある方なのですが
当時 マスコミで報じられていた写真のとおり
質素な真面目な普通の(しかしできる)公務員さんです)

すごい って そう映ったそうです


出所後 いちばんにしたいことは
と聞かれたら
やっぱり 宇宙飛行士さんと同じで
「お風呂にゆっくりつかること」
だったそうです

拘置所では お風呂は
服を脱ぎ始めてから 入浴して 着終わるまで15分
と決められているのだそうです

そして
最後に この困難な時期を乗り越えられた理由は

ここで頑張らないと
子供たちに対して 
「ママもあの時がんばれなかったのだから
自分たちも」と
困難に立ち向かわねばならなくなった時に
負けてしまうかもしれない
という 親心だったそうです


村木さん
昨年の震災直後
蓮舫大臣のお付きで 東北をまわったときの話

とても気さくな大臣が
被災地の方に声掛けをしている
あるときは しゃがんで話しこみ
あるときは 子供を抱っこして
まわっているその時
大臣の後ろの村木さんに気付いた
被災者の方々から
「頑張ってください」という声掛けをいただいたのだそうです

ここでも 
村木さんは 人々はみな こんなに大変なときなのに
逆に 励まされて 驚いたとおっしゃっておられました

内容の濃い
1時間で もっともっとお聞きしたいことがたくさんありました

高知大学から官僚の世界に飛び込まれ
それだけでも ずいぶん派閥や何かで苦労なさったと思うのですが

女性の地位がまだ万全ではない当時
女性の社会進出のためにと 頑張ってこられたお姿には
やはり 感銘を受けずにはいられませんでした

入る時には まるで興味の無かった
彼女の著書 帰り際には残り数冊
慌てて 購入いたしました

国のトップ 中枢部には
こんな方もいて
国の行く末を 考えてくださっているのだと思うと
下で支える私たち庶民も
頑張りがいがあるなと感じた
とても興味深く 励まされる講演会でした

ありがとうございました

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